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ニュージーランドで生ビール1杯飲んで車を運転してスピード違反で捕まった時に撮りました。あちらでは1杯ほどのアルコールは認められています。

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町の町勢調査委員の私、ついにお仕事の時期。調査票を配布、回収、確認、提出が仕事、報酬はもらえるけどなんでこう一番いっそがしい時に・・・。約70世帯の担当、えっこれって町内の区の中でもかなり多い数。まっでも四季の里は地理的にまとまってるから。今年度は町勢調査と町民意向調査の2つ。調査票を持って各戸を廻る支度をしてて気がついた「ありゃ回収用の封筒が小さすぎる」A3の調査票なのにB5用の封筒が来てる。「こりゃ2つ折りにすりゃ、頭がにょきっと出ちゃうし4つ折りもなんかお茶目だし」そーいえば前の調査でも確か封筒が小さかった気がする。

調査委員の確認が必要なため封はしなくていいから(プライバシー保護を希望する人は封をしてもよい)頭がはみだしててもいいんだけど、でもこれって封筒に入れるとき皆、感じるよなあ「勝沼町役場ってオマヌケだなあ」って。町勢調査って全世帯対象だから全世帯がオマヌを感じちゃうわけ。よほどB5の封筒が余ってるのかなあ。もしそうでもここんとこでケチるより、全世帯が「町ってオマヌ」と感じる痛手の方が大きいような・・・。真実はいかに。
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2003/09/14 22:43|勝沼のこと

 

昨年のぶどう祭りで町民コーナー設置を提案して受け入れられ、アンケートをとり「広報ぶどうまつり」を発行、事務局のFさんお世話さまでした。地域でロック民謡隊を結成し伝統の「勝沼おどり」を70年代ロック風にアレンジしパレード&舞台で演奏、空いているいている時間は町民ボランティアとして振る舞いワインコーナーに張り付き、ワインのおもてなし。ハッタリ英語を生かして外国人さんには勝沼のワインのプロモーション。今年は朝市会で出店・・・できる事から。

もちろん鳥居焼の護摩木積も。ここ数年その記念写真が広報の表紙にならないので大変に不満!!

この前テレビで突然裸足で消えてったCOCCOという歌手が出身地の沖縄で子どもたちを集めて海のゴミを拾うキャンペーンをやってた。「(基地問題とか環境問題とか)沖縄には、イエスかノーかで片付けられない問題がいっぱいある。そんな中で自分でできることからやっていきたい」「多少困難であっても、その他の問題と比べればずっと現実的で、具体的に手の届くことだと思った」

かつぬまでも「誇り・ブランドを残すためには」とか「地域の活性化には」とか立派な発言は飛び交うには飛び交うんだけど、やっぱ、なんだかんだ言う前にこんなに素晴らしい自分たちが現実的に何か出きる「ぶどうまつり」という場があるのだからここで勝負をかけない手はないと思うんだけどなあ。。
2003/09/13 22:37|ぶどう祭り

 

住民の祭りとして取り組みを考えたとき、現在のぶどうまつりはイベントの数が多く一日に20ものイベントを実施すること事態無理があるかもしれなし、また完成された祭りを目指すまり形式にとらわれすぎて、何か一番大切なものを忘れてきたような気がする。

しかもこのイベントは本当に住民の考えを基にして生まれてきたのであろうか(注:今年は町制誕生50周年記念でプリンセス天功ショーがメインだって)ぶどうまつりと言えばその年の役員が何日もかけて準備をして町外から来る人たちのためにぶどうやワインを振舞うというふうに捉えている人たちも少なくはない。もっと自分たちが自由な考え方の中で祭りを仕組み、楽しめるものであってほしいと思う。

当然のことながら勝沼の人たちもお祭り好きなんだと思う。仕事が忙しいとか会社があるとか口実をつけて祭りから遠ざかっている人たちも実はお祭り好きなんだと思う。自ら進んで参加しようとするきっかけがないだけなんだと思う。鳥居焼の準備や点火のセレモニーの聖火リレー、そして神輿の神輿の渡御、そんな中に本当の住民参加の住民の祭りへの取り組みのヒントがあるかもしれない。
2003/09/10 22:35|ぶどう祭り

 

○次に前にも述べたことにも関係するが、住民参加の祭りにしていくために、祭りを通じて地域づくり、まちづくり、ひとづくりは出来ないかということである。数あるぶどうまつりの行事の中でも核(中心)になるには鳥居焼だと思う。古くは江戸時代の文献に鳥居焼の火が山に燃え移り宿の人たちが消しに行ったとある。以来、勝沼の先人たちはどんなにつらく厳しい年でもその火を絶やすことなく燃やし続けて来たのである。しかも鳥居焼は歴史的な根拠や背景もしっかりしている。しかしこんな鳥居焼にもいくつかの問題点が生まれたが、そのつど英知を結集して対応してきたことも事実である。

○以前、鳥居焼の火は町内の青年によって大善寺から町内を一周して鳥居に点火されてきた。しかし若い人たちの数が減ったことや祭りのイベントが増えたことから青年だけでは対応しきれなくなったことである。そこで中学生が一役買うことになった。以前は人数合わせ的なところがたぶんにあったと思うが、現在は地域の伝統行事を知り、しかもそれを守り伝えて行くという意義がある。さらにこの意義を深めるために歴史的な背景も加えて学習会も開いている。中学生はやがて成人し勝沼を担う力となろうし、また勝沼の地を離れても新聞、テレビ、雑誌などで勝沼の鳥居焼が紹介されたとき、お父さんやお母さんはあの火を守り伝えて来たんだということを子どもたちや家族に話すことができる。鳥居焼の火は自分の生まれ育った町や地域を誇りに思う気持ちを育てることにもつながるのである。

○鳥居焼の準備は以前は柏尾地区の人たちの手で行われていた。後に勝沼地区全体で担当するようになったが現在は町内の各地区で順番で対応し20年に一度廻ってくる。(注:そしてその後一時は業者委託されたが、現在は町民ボランティアで積まれている。毎年100-150名ほど集まる。本日平成15年9月21日は護摩木積みだが雨で23日に延期)こんな話がある。農村地帯と言われる勝沼町にも都市化の波が押し寄せ、農地が潰れ新しい住宅が建てられ新しい人たちが移り住んでくる。こうゆう地域にも当然鳥居焼の準備の当番は廻ってくる。そんな中で準備はどうだったかというと、新しく勝沼に住んだ方々よりも、以前から住んでいる人たちからこんな急な山で作業は出来ないとか、もう少し補助金をだしてくれとか、農家でない家庭は草刈鎌や手袋もないので用意してくれなどさまざまな意見、要望が出てきた。

○で、準備はどうだったかというと、新しく勝沼に住んだ方々もピカピカの新しい鎌を持ち汗だくになって下草狩りをしたり薪を積み上げたりしていた。また、作業後の慰労会では新旧の住民がひざを交えて酒を酌み交わし歓談する姿や、新しく住民になった方々からは伝統ある勝沼の鳥居焼に携わることができて、本当の意味で勝沼の住民になった気がするといった声も聞かれた。鳥居焼の準備を通じてまた赤々と燃える鳥居焼の火を見て、何よりも勝沼に新しく住んだ方々が勝沼に住む誇りを感じ得たのである。
2003/09/08 22:04|ぶどう祭り

 


まず基本的なことから述べさせていただくと、本当に住民が住民の祭りとして理解して積極的に参加しているかということである。現在は実行委員会方式で町内の各種団体が役割分担の中で祭りを仕組んでいる。団体の役員の任期はほとんどは2年である。多くのひとは自分の任期中はしょうがないから参加する?的な考えでいるのではないだろうか。こんなことが原因してか祭りがつながっていかないのである。自分の任期中は一所懸命参加するが役員が終われば後は参加しない。しかも引継ぎもしない。全て役場や農協、商工会など事務局任せと言っていいのではないだろうか。当然祭りの内容も事務局任せで、事務局が作った原案の通りで実施する。ほとんど前年の踏襲である。これでは前進も進歩も改革もあったものではないと思う。

もっと自由に斬新的な発想で、例えば町内の観光園や農家、それにワイン会社(現在実施)や商工会加盟店、それに地域のグループや無尽会が思い思いに工夫を凝らした内容で参加することは出来ないものだろうか。これまでと一味違った祭りが出来ると思うし、祭りの担当者(企画・運営)も楽しむことが出来ると思うのだが・・・。祭りと言うのは参加する人も裏方も一緒になって楽しむところに良さがあるのではないだろうか。そして内容はともかくもっと土臭い祭りであっていいのではないかと考える。

神輿の渡御についても同じである。以前は氏子の若衆が担いでいたが、会社があるとか仕事があるとか、はたまた当日は観光客がたくさん来るので観光園でぶどうを売らなければならないということである。そこで担ぎ手を集めるために日曜日に変更した。しかしなかなか継ぎ手は集まらない。最後の手段として担ぎ手を東京から呼んできた。高い日当を払ってである。勝沼には勝沼の担ぎ方もあるし、掛け声も東京のものとは違ってくる。(注:現在は町民から担ぎ手を募って実施されています)東京の三社祭や神田祭の担ぎ手は多くて困っていると聞く、平日にもかかわらずである。あのエネルギーはいったいどこから生まれてくるのであろうか。勝沼の神輿の渡御もこうあってほしいと願うばかりである。その土地の神輿は神社の氏子に担がれてこそ意義(御利益)のあるものだと思う。ぜひみんなで考え実行に移して行きたい行事である。
2003/09/06 21:31|ぶどう祭り

 

次に前にも述べたことにも関係するが、住民参加の祭りにしていくために、祭りを通じて地域づくり、まちづくり、ひとづくりは出来ないかということである。数あるぶどうまつりの行事の中でも核(中心)になるには鳥居焼だと思う。古くは江戸時代の文献に鳥居焼の火が山に燃え移り宿の人たちが消しに行ったとある。以来、勝沼の先人たちはどんなにつらく厳しい年でもその火を絶やすことなく燃やし続けて来たのである。しかも鳥居焼は歴史的な根拠や背景もしっかりしている。しかしこんな鳥居焼にもいくつかの問題点が生まれたが、そのつど英知を結集して対応してきたことも事実である。

以前、鳥居焼の火は町内の青年によって大善寺から町内を一周して鳥居に点火されてきた。しかし若い人たちの数が減ったことや祭りのイベントが増えたことから青年だけでは対応しきれなくなったことである。そこで中学生が一役買うことになった。以前は人数合わせ的なところがたぶんにあったと思うが、現在は地域の伝統行事を知り、しかもそれを守り伝えて行くという意義がある。さらにこの意義を深めるために歴史的な背景も加えて学習会も開いている。中学生はやがて成人し勝沼を担う力となろうし、また勝沼の地を離れても新聞、テレビ、雑誌などで勝沼の鳥居焼が紹介されたとき、お父さんやお母さんはあの火を守り伝えて来たんだということを子どもたちや家族に話すことができる。鳥居焼の火は自分の生まれ育った町や地域を誇りに思う気持ちを育てることにもつながるのである。

鳥居焼の準備は以前は柏尾地区の人たちの手で行われていた。後に勝沼地区全体で担当するようになったが現在は町内の各地区で順番で対応し20年に一度廻ってくる。(注:そしてその後一時は業者委託されたが、現在は町民ボランティアで積まれている。毎年100-150名ほど集まる。本日平成15年9月21日は護摩木積みだが雨で23日に延期)こんな話がある。農村地帯と言われる勝沼町にも都市化の波が押し寄せ、農地が潰れ新しい住宅が建てられ新しい人たちが移り住んでくる。こうゆう地域にも当然鳥居焼の準備の当番は廻ってくる。そんな中で準備はどうだったかというと、新しく勝沼に住んだ方々よりも、以前から住んでいる人たちからこんな急な山で作業は出来ないとか、もう少し補助金をだしてくれとか、農家でない家庭は草刈鎌や手袋もないので用意してくれなどさまざまな意見、要望が出てきた。

で、準備はどうだったかというと、新しく勝沼に住んだ方々もピカピカの新しい鎌を持ち汗だくになって下草狩りをしたり薪を積み上げたりしていた。また、作業後の慰労会では新旧の住民がひざを交えて酒を酌み交わし歓談する姿や、新しく住民になった方々からは伝統ある勝沼の鳥居焼に携わることができて、本当の意味で勝沼の住民になった気がするといった声も聞かれた。鳥居焼の準備を通じてまた赤々と燃える鳥居焼の火を見て、何よりも勝沼に新しく住んだ方々が勝沼に住む誇りを感じ得たのである。
2003/09/06 20:37|ぶどう祭り

 

昭和のはじめにかつぬまの青年有志が葡萄旅行倶楽部を結成し、その会報の中で高野義雄氏(後の町長)が「葡萄祭りの開催」を提唱した。同じころ葡萄郷保勝協会が支持した電車から見た車窓十景に「勝沼葡萄郷と甲府盆地大観」が入選し、かつぬまが観光地として注目を浴びることとなった。

この保勝協会と旅行倶楽部が中心となり「ぶどうまつり」を行うべきだという声が高まり、昭和9年9月15日、雀宮神社の祭りに合わせ鳥居焼きを復活させ「ぶどうまつり」が誕生した。昭和29年には昭和の大合併にて新制かつぬま町としての町制祭としての意味も持つようになった。

ということはぶどう祭りは「観光としての祭り」「町制祭」「宗教的な鳥居焼き(盆の送り火)」と非常に盛りだくさんで贅沢な祭りだ。欲張りすぎたのでそれぞれの精神が今ひとつ伝承されずにいるように思う。区長会長さんが実行委員長となり毎年色々と趣向をこらしていただいているが外からみると事務局主導の前年度の踏襲の感はぬぐえない。

6月に実行委員会が立ち上がり祭りのあとで反省をする。実行委員はさしずめ期間限定のお祭り請負人だ。年間通してこのお祭りのことを考えている組織もないし人もいないように思う。普通大きなお祭りにはそのために生きているような祭りバカがいたり、祭りの前になると仕事が手につかなくなるようなフトドキ者がいるもん。このぶどう祭りに至ってはそこまでの人物にお目にかかったことはない。ただ私の知る限りでは熱心な事務局さんの時に過去に2回ほどに「ぶどうまつりプロジェクト」(これも4月から6月までの期間採用でした)が組織され実行委員会へ数々の答申をし、その中のいくつかは採用された経緯はある。実は私も第2回目のメンバーであった。

その席で資料として出された文書がまさしく現在のぶどう祭りの姿を語っている。役場の職員のMさんが第1回プロジェクトのときにまとめたものらしいが定かではない。こんなに的確にぶどう祭りの問題点を指摘し、あるべき姿を明示しているものは未だかつて見たこともないし聞いたこともない。どうにかこれを生かしてぶどう祭りを本当の祭りにしたい。
2003/09/05 22:26|ぶどう祭り

 

残暑がひどい。日差しが強くてピリピリくる。仲間から電話で「チョッと行くじゃん」断る理由はないのでスイスイ出かける。のれんをくぐって「とりあえず生!」「くうーうまい!」のどをビールがコロコロ通っておりていく。お通しをつまみながら大将を交えて世間話。軽く一杯を飲み干して。「白、行くじゃん」お約束の甲州ワインをたのむ。ワイン好きの私たちのお決まりのパターンである。

でもチョッと待てよ。ワインフリークとして、又地域振興の一環として最初の「くうー」からワインで行かないといけないんじゃないか?そんな疑問が沸いてきた。そういえば最近「樽ハイ」なるものがビールサーバーのとなりにセットされて若い人たちはよく飲んでいる。「くうー」といけるワインといえばシャンパンとかスパークリングワインだ。

ぶどうとワインの町なんだからビールサーバーの横には庶民が毎日飲めるシャンパンサーバーがあってもいいじゃないか?この前も、お花の名前が付いているワインやさんで「もろみワイン」(発酵途中のワインでどーも規制緩和で早めに出せるようになったらしい。岩の原ワインでも飲んだことがある)をご馳走してもらって感激をしたばっか。もろみじゃなくっていいから夏にはせめて最初の生ビール代わりになるワインを!「ワインの消費が頭打ちなら、ここで一発!生ビールの市場を食ったらどうですか?」と偉そうに、「真ん中ぶどう酒」の社長さんに話したら全然相手にしてもらえなかった。かつぬま人なら最初からワインで「くうー」と行きたいんです。
2003/09/04 23:18|勝沼のこと

 

○まじめにいきます。スポ少の遠征のバスの運転手を頼まれて千葉県で高齢化率が一番高いと言われている和田町に行った。廃校になった学校施設を利用した自然の宿”くすの木”に泊まった。なんと運営は地元の区に委託されている。区長(自治会長)さんが主で料理人さん・仲居さん・番頭さんは地元の住民である。

○100戸あまりの一行政区に一つの小学校があったため、地域の催物活動はすべてこの小学校で行われ、住民の心のよりどころになっていた。住民の熱意、要望により体験宿泊施設として県内初の施設に生まれ変わり、農業体験や自然体験といった今流行?のグリーンツーリズムを楽しめる。年間1万人ほどの利用者。色々と大変なことはあるようだけど、こんな風に学校が生き返るのもいいなあ。

○学校ってものは単なる建物だけどそこには何か胸ががキュッとなるような、懐かしくて他の建物とは違う。ハードもんでこれだけの存在感があるものは他にはあまり無い。そんな所も学校は「心のよりどころ」と思わせるところなのかなって思う。

○外国には教会を中心にコミュニティが作られているところもあるようだけど、今の日本の場合は学校を中心にというのが自然な気がする。地域ぐるみの開かれた学校づくりは地域の活性化にも繋がるんだなあ。少子化や過疎化、また合併が進む中で統合や廃校となる学校もでてくると思う。そういった時に「心のよりどころ」をどう残していけるのか。

○どんなに行政が大きくなっても、住民の声や意思をまとめるには小さいコミュニュティの単位が必要。そういった時に地区の小学校を中心に小学校区単位で物事を考えたり実行していく形がやりやすいんじゃないかなあと感じた。でもそうなると学校は何かと地域との接点が増えて先生は嫌がるかなあ。

●朝市会 ウエブマスター 平成15年9月
2003/09/03 23:11|甲州市のこと

 

○「幻の豆腐」その豆腐を私はそう呼んでいる・・・・豆腐、スーパーに行けば何種類も並んでいる。豆腐はこれといって味がついているわけでもないので醤油をかけて食べてしまえばみな同じに感じる。味に鈍感な私はどの豆腐を食べてもそうだった。(素材の味がしっかりわかる人は聞き流して)

○塩山市の山間に小さな豆腐やさんがある。歩いて通っても気がつかないようなお店である。しかしそこの豆腐は甲府や都留からもわざわざ買いにくるほどの知る人ぞ知る豆腐であった。朝市を始めて真っ先に仕入れたかったもの。偶然にも私の知人がコネを持っていて容易く仕入れることができた。

○朝市にて。予想を反して当初は「あんな豆腐はだめだ」そんな声が多かった。よくよく聞くと湯豆腐や味噌汁に入れたらしい。いわゆるザルどうふのように柔らかな豆腐はお湯にいれるとバラバラになってすくうどころではなくなる。その豆腐もどちらかといえば柔らかく汁ものに入れるのは苦手である。そこで「冷奴用ですよ」と説明すると食べた人は口々に「おいしかった」「2丁をペロッと食べたよ」

○私自身も朝市の度に3丁買っている。食べ方はこうだ。まずスプーンと醤油を用意して豆腐のふたを剥がしそのまま醤油をぶっかけ1丁やっつける。次に庭から長ネギとしその葉を取ってきて生姜をおろして豆腐にのせてもう一丁。最後の一丁は家族にとっておく。なにしろうまい。それしか表現できない。だからなんで幻の豆腐なんだ?と言われても・・勝手にそう呼んでいるんだから・・・

○いつもは知人が仕入れに行ってくれるのだが今回は都合が悪く私が行った。正直、もし頑固なおやじさんだったらやだなーと思いながら車で登った。入り口までいくと奥さんが「ハーイちょっと待っててね」うわっ奥さんは話しやすそう。でもよく頑固おやじには気立ての良い奥さんが付き物だからまだ安心はできない。

○「ほらっ出来立ての豆腐はあったかいんだよ」奥さんがコンテナに詰めながら一つ手渡してくれた。よしチャンスだ。「アチー」さして熱くはないのだが受け狙い。しかし白髪の後姿のおやじさんには気付いてもらえなかった。つかみは失敗。次なる作戦を考えてるとおやじさんがやおらコチラを向いて「70の爺さんがつくってるんだから。それでも皆うまいっていってくれるから」「息子はやらねーって言うし。あと何年できるか・・」わっ目がやさしい。でもショック。おやじさんがいなくなったら・・・。

○豆腐がニュルニュルと出てくる時の湯気とおやじさんの汗。この匂いだ。よし次回はもう少し詳しい話を聞こう。それまでに豆腐の勉強しとこっと。
2003/09/03 22:20|甲州市のこと

 

○単独でいければ最高!でも現実は・・・どちらへ選んでも悪くなるのは目に見えてる、けどそれでもより悪くならない方はどっち?の2者選択。

○合併は結婚とは違う。恋愛期間があって期が熟して・・・理想はそうだけどそうゆうもんじゃない。酒入れがあって初めてお互いの腹のうちがでてくるもの。酒入れもなしにお互いの本質をわかりあうのは不可能である。勝沼試案の本質議論はやっぱ酒入り(法定協)あとかな?って。

○「基本協定4項目+検討協議会が出している三層構造により行政体制」の合意程度でいいんじゃないかなあ。町民会議では自分も勝沼試案を推したくちだけど・・・やっぱ本気勝負の法定協に行って、いい市をつくろうと思って分かり合おうとしないとわかってもらえない気がする。また、仮に試案が通り合併を機に振興局が作られても、より住民に近い部分での新しいコミュニティ制度を作るのは現実無理だろうし、現存区制度を利用するとしても現行の区制度がずば抜けてすごいとも思わないし、振興局といった上の方のシステムを作ってもそういった住民に近い方の整備が現実できるかなあ・・・。自身、小学校区で云々という自論はあるんだけど、現実的に・・・。

○で、酒入れをしちゃうと気に入らなかった時、もとに戻りづらくなる? でももし、そうなったらもう対面は考えなくっていいんじゃないのかなあ。努力しても努力してもだめだったら。

○そう、その時のためにも単独案。も一度くどいけど単独案作っときましょうよ。とんでもない数字やうそだろーの自主財源確保案がでてきても。そうすれば絶対強い。長期総合計画や都市マスやヒューマンプランを基に作れないのかなあ?(まあでもそれをみたら多分誰も単独は望まないかな)それがあってはじめて慎重論。学習にもなるし。戻ってこれる港がある。いつでも慎重にいける。いま慎重にしてたらどっちにも行けなくなるかも。さて3日の首長の集まりで町長さんはなんて言うんだろう・・・。
2003/09/02 20:10|どーする合併

 

○本日9月15日、勝沼CATVで区長会における山梨学院大学の江口教授による学習会の模様が放映され、現在勝沼町が東山梨地区合併検討協議会へ提案している勝沼試案の問題点が指摘された。

1 地方議会議員選挙では法的(公選法)には2票制は無理
2 地域振興局のありかた a地域自治のために機能するためのものが逆に「管理」や「統治」するものになる危険がある。b本庁との関係が難しい(2重行政的なもの)

○たぶん色々な反応があると思う。さて、当局側(&委員会を通した議員さん方)が以上の問題点指摘に答えや改善案を出せるか。ここが大事である。これを絶対に怠ってはいけない。せっかくのご指摘である。ぜひとも答えを出してもらいたい。腰砕けなつぎはぎ思案と思われないためにも。もし出来ないのなら・・・・

○これはまったくの個人的な意見だが、福祉、環境、教育や行政サービスで今の勝沼に満足している人がいるのだろうか。満足している上で合併に慎重な立場をとっているのであれば素晴らしい。またそうであれば合併か否かを判断するための単独案を示してもらいたい。慎重論が議会の合併委員会で出されたが「学習会をやろう」という次元で慎重論をだすのはいかがなものか?本質の部分を知りえた上、具体的な内容での慎重論なら納得できるが・・・

○とかくブランド云々やとうてい噛み合わないメリットデメリットの話に終始しがちである。でも例えば、子育てをしている人たちの殆どは児童館整備などの緊急な子育て支援を望んでいる。生活が大切なのである。町の行き先を決める町長さんや議員さんには「皆さんの考えで」や「学習会を重ねて慎重に」ではなく、現実を見据えた上、自分の持っている政治理念でまずは自己決定をしていただきたい。リーダーシップをとる皆さんはすでに学習会は終えて「判断」する時にきていると思うのだが・・・・がんばれ勝沼。
2003/09/01 20:07|どーする合併

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