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ニュージーランドで生ビール1杯飲んで車を運転してスピード違反で捕まった時に撮りました。あちらでは1杯ほどのアルコールは認められています。

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ことしも鳥居焼きの護摩木積みが行われました。

今までで一番一般市民の参加が少なかったような。威勢のいい勝沼中学校3年生に助けられた感じ。

お前ら来年も来いよ!

に、

来てもいいんすか?

いいさよう、頼むぞ。


-----

さあ、今年も心を込めて無心で積むぞ!鳥居が近くに見えはじめて気合が入る瞬間。

鳥居焼き2009-001

集合場所の鳥居の足元に向かいます。
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実行委員長さんや事務局はすでにスタンバイok
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護摩木も乾いていて質が良さそう
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鳥居の足元、ここから入山。ここで一礼。勝手に入山の儀式。
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登るの大変だけど、上の方が持ち上げるの少なくて楽だからね!
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先日知り合った勝沼のファンだというyさんも、塩山のkさんも来てくれた。
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どうよ、この絶景
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さあ、所定の位置へ。ここに立つと誰もがかっこいい。
小澤氏も
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司令塔室さんも
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さあ、護摩木をあげるぜい
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中学生、威勢が良いじゃん!
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勝沼の名前を少しでも使っている人、勝沼の恵みで業をしているひと、護摩を積みにきてほしいなあ。先人たちへの感謝、亡くなった人への供養、収穫の喜び、仕込める喜び、ぶどうを伝えてくれた行基への感謝、勝沼が勝沼として誇れることへの感謝、日本人として勝沼人として大切なこと。

リーダーさんたち表舞台にいるときはよく見かけたけど、一般の市民になったら来ないの?どうしたの。

現世と冥土を繋ぐ唯一の機会だし、先祖そして先人達を神として崇拝する心は勝沼の大切な心、だから仏事なのに神様に繋がってる、それが鳥居焼きなのに、そうやってそうやってぶどうがあってワインがあるのに。

むずかしく考えないほうがいいかもしれない。彼岸なんだから墓参りにいくと同じ気持ちで積む、それでいい。

さあ積むぜ!
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数年前から毎回参加しているという旦那
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一本一本亡くなった人への思いを込めてって言ってた。torii2009_0920AT_320.jpg

勇者達は山に一礼して山を下ります。
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記念撮影。ここで全員と顔を合わせます。

「あっどうもやっぱ来てましたね」

「どこ積みました?」

「電飾になっちゃやだなあ」

「俺は賛成だけど」

「私は絶対やだ」

はーい イチ、ニ、サン  ぱちっ。


お茶とパンをもらって帰宅。そして我が家の墓参り。


















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2009/09/20 17:47|ぶどう祭り

 

勝沼の勝沼地区の懇談会で「鳥居焼きに電飾を」という意見が出され(というかすでに議会でもとあるギ院さんが電飾点けてね、ってお願いしているみたい)リーダーさん、思わず「やります」的なことを言ったと聞いて、居ても立ってもいられずにリーダーさんに手紙をしたためました。

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日頃は甲州市市政そして市民のためにご尽力くださいまして誠にありがとうございます。私も市民として何ができるのかを 模索しながら日々を送っております。

さて、先日の勝沼地域懇談会において「鳥居焼きを電飾に」と いう意見が出されたと聞きました。お隣、笛吹市では春日居の笈型焼き、一宮の大文字焼きが観光シーズンと共に電飾が灯され、夜空にその姿を浮かび上がらせております。甲州市の鳥居焼きも、というお気持ちだとは思いますが、私は「鳥居焼き」が私たち住民にとってどんな存在なのかをご説明させていただきたく手紙を書かせていただいております。

10月の第1土曜日に開催されるぶどうまつりは、火の祭りとも 言われています。祭りの当日、町内が夕闇に包まれる頃、町の東端にそびえる柏尾山の中腹では、鳥居の形にそって積み上げられた薪に火が点けられ、祭りのクライマックスを迎えます。火を灯された薪は、幅約50メートル、高さ70メートルの巨大 な鳥居の形を浮かび上がらせ、かな雰囲気を醸し出します。

勝沼に古くから伝わる鳥居焼き。その原点は京都の大文字焼 きと同じ盆の送り火で、かつては7月15日の晩に行われていました。鳥居の形は、京都や松本などにも見られ、現世と来世の境を表すものと考えられています。

その後、長い歴史の中で時代の流れとともに「盆の送り火」としての性格からぶどうまつりの祭事へと変わり、実施日も変わるとともに鳥居焼きに込められた人々の気持ちも少しずつ変わってきました。しかし、鳥居焼の原点である「先祖を供養する気持ち」は、「勝沼の暮らしを築いてくれた先人に感謝する気持ち」、また「その年のぶどう、ワインの収穫に感謝する気持ち」とともに、これからも伝えていきたい大切な心であります。

鳥居焼の歴史は古く、江戸時代初期の慶長6年(1601年)に行われた検地の際、現在の鳥居焼が行われているこの辺りを「鳥居平」と名付けていたことから、この頃すでに鳥居焼が行われていたと考えられています。当時の鳥居焼は「盆の送り火に加えて病害虫駆除と豊作の祭り」として受け継がれました。 当時の勝沼の様子を記した「勝沼古事記」は「安政5年(1776年)7月15日夜、鳥居の火を取り逃がし山に入り大騒ぎ」の記録を伝えています。

明治時代になると諸般の事情から鳥居焼は取りやめとなりましたが、勝沼生まれの画家上野一雲が明治26年(1893年)に描いた「甲斐国柏尾山一覧図」には、その当時伝えられていた鳥居焼の位置や姿が克明に描き出されています。

その後、明治40年(1907年)に鳥居焼は復活しましたが、2度にわたる大水害に見舞われ取り止めとなりました。昭和9年に「葡萄祭り」として雀宮の祭礼と合わせ10月15日に変更して再び復活しましたが、戦争の拡大によりまたもや中止されてしまいました。

昭和21年に果樹地帯の祭りとして新たに「葡萄祭り」が行われるようになると、昭和23年(1948年)15年振りに鳥居焼も「鳥居平火祭り」として復活しました。昭和29年の町村合併に伴う新制勝沼町誕生(勝沼町、祝村、東雲村、菱山村の合併)以降は、この年を第1回とし、10月15日の町制祭の記念行事として勝沼町挙げての祭りとして継承され、昭和37年(1962年)に葡萄観光シーンに合わせ実施日を10月1日に変更、平成2年(1990年)からは10月第1日曜日に実施することとなり、さらに平成の合併において甲州市となり現在は第1土曜日に実施されています。

鳥居焼の火は昔も今も国宝・大善寺本堂で厳粛に行われる護摩法要の儀式で採火されます。大善寺で炊かれた護摩の火は、分火され次代を担う中学生たちの手によって町内を廻わります。人々は聖火ランナーが走って廻るその炎を見つめ、先祖への思いや供養する気持ち、また、収穫を感謝する気持ちと、さまざまな思いを込めます。こうして、町内を廻った炎は、人々のさまざまな思いや願いとともにぶどう祭りのメイン会場である中央公園へ集められ、そこから柏尾山へと向かいます。夜空を焦がす鳥居焼の炎には、こうした多くの人たちのさまざまな思いや願いが込められているのです。

鳥居焼は毎年下草刈りから準備が始まります。下刈された山の斜面には、町民ボランティアの手によってひとつづつ丁寧に護摩木が積まれます。私もボランティアとして必ず護摩木積みには参加します。以前は地域が持ち回りで護摩木積みを行ったり、業者委託された時期もありましたが、現在は有志ボランティアの力で大切に心を込めて護摩木は積み上げられます。

約50センチの松割木を一束当たり20本程度の束にして、350束ほどの護摩木を準備します。それを山の斜面の鳥居形に沿って並んだボランティアの手渡しで、下から上への運び上げます。134箇所の火台に、高さ約70センチの10段積みの井桁に組んで積み重ね、祭り当日の点火を待つこととなります。井桁の護摩木は、鳥居焼本来の姿に照らし合わせたとき、亡くなった自分たちの親戚、縁者、知り合いの顔を思い浮かべながら、心を込めて一本いっぽん大切に積む、私たちにとっては先祖や亡くなった方を思う大切な行事であります。

炎で灯された鳥居は亡くなった方々がこの世に戻る唯一の道しるべです。電飾はとうていそれに変わりえるものではありません。観光目的とはいえ、鳥居の形を利用することすら私は理解が苦しみます。

同じ地域の方々から電飾を望む声が上がっていることは非常に残念ですが、私自身、地域のお祭りや伝統文化を、先人達の思いとともにその地域に住む人々にいかに繋げていくかを考える時期にあると強く感じています。

先人達が作り上げた歴史的な産業遺産が観光資源として活用され、注目を浴びつつある甲州市。しっかりと本質をとらえ観光資源として活用されることを切に願います。
-----------

なんで本物が偽者の後を追う必要があるんだろう。電気つければ人が来る、的な発想はとっても危険だし、そんな薄っぺらな観光じゃお先が見えちゃうしね。

あーだ、こーだじゃなく、理屈じゃなくイヤ。ただそれだけ。価値も誇りもあったもんじゃねえし。
2009/09/17 23:18|勝沼のこと

 

甲州市のリーダーさんが地域に出向いて市民の意見を聞くこうしゅう市民懇談会に行って来てリーダーさんからかなり憤った感じで「あなたは勘違いをしている」と言われてきました。

むきになるような質問じゃないのに、しかも鳥居焼きの電飾のことなんかひと言も言っていないのに、勝手に「あなたは鳥居焼きの電飾について言いたいのでしょうけど」って深読みまでしちゃって。親しみがあったのに。ちょっとがっかり。

私が質問したのは
「私の言うことはもしかしたら勝沼の地域エゴに聞こえるかもしれませんが、質問します。甲州市では観光に力を入れている。その観光部が「生涯学習」や「社会教育」として担うべきものまで背負ってしまい、本来の形を崩してしまう恐れがあるのではないか。

例えば、ぶどう祭り。※現在のぶどう祭り実行委員事務局は観光部で勝沼町時代は生涯学習課
ぶどう祭りは複合的なお祭りで「収穫感謝祭」「雀宮のお祭り」「鳥居焼きの盆の送り火」「観光的なイベント」「(かつては)町制際などの儀式」「優良ぶどうの表彰」すべてが含まれているお祭り。

神事や仏事もあり、お祭りのあり方を考えた時に、何人集客できたという従来の観光という視点だけでは歪が生じるのではないか」


きりっとした表情でやおらマイクを握ったリーダーさん開口一番
あなたは何か勘違いをされているのではないでしょうか?
ぶどう祭りはあなた達がやってきた勝沼町時代からなんら変えていない。事務局も実行委員の組織づくりも何も変えていない。変えたのは唯一、開催日を日曜日から土曜日にしたこと、それによって“ゆっくりお祭りを楽しめてよい”という声を多数聞いている。観光客が高速道路を走って鳥居の光(電飾)が見えると喜ぶのではないか。あなたは鳥居焼きの電飾について言いたいようだが(いえいえ、あたしゃ、そこまで言及してないんですけど)、儀式は儀式で早い時間、早い時期にやったらどうか。そんな意見を実行委員会に言ったことがあったが聞き入れてもらえなかったのではないか。もしあなたが変えたいのなら、実行委員の中に入って変えればいいのではないか」

私を見つめながら真剣に答えてくれました。が私はそれに対する私の言い分こそ言いませんでしたが、司会者の「よろしいでしょうか」に決して首を縦に振らずリーダーさんをうつろな瞳で見つめていました。

※現在のぶどう祭り実行委員事務局は観光部で勝沼町時代は生涯学習課 ⇒ ほら、変えちゃったんじゃない。私の勘違いじゃないし。
※私だって微力ですが祭りを考えたり参加したり、変えたりしてきましたよ。



もうひとつ質問しました
「市で観光計画を策定しているらしいが、ワークショップはする予定はあるか」

観光のK部長が答えてくれました。
「ワークショップはしない、計画づくりでワークショップをした方が良い場合と良くない場合がある。今回の観光計画ではワークショップ以外でよりよい方法で計画を策定している。たとえば有識者や専門家から話を聞くことである」

司会者の「よろしいでしょうか?」に先ほどとは違って大きく頷いた私。だってその通りなんだもん。

実は私、前晩、その観光計画を策定している委託業者○梨△研のiさんからヒアリングを受けたばかりでした。私のほかのヒアリング対象者は市内のタクシー会社さん、観光協会さんなど従来の観光を支えてきて、最近ちょっと元気がない感じの皆さんの名前が挙がりました。専門家や有識者さんってこ私が朝市やフットパスで感じている「今の観光」とは少し違った従来型のご意見をお持ちの方が多いのかとお察しします。

やっぱ市民を巻き込んだワークショップはやるべきだと思うなあ。

それはそうと、合併して専門性が上がったはずなのに、な~んで甲州市一押しの観光の計画を○投げしちゃうんだろうねえ。

まあいいけど、一応さあ、かつぬま朝市ってすごいんですよ。だって毎回、他県の行政関係の人たちや商工会やまちづくり関係の団体さんなんかが大型バスで視察に来るんだから。9月の朝市だって人口65,590人の埼玉県吉川市(※甲州市は35000人)の市長さんまで、かつぬま朝市に視察に来て私の話しに耳を傾けてくれたし、10月の朝市は静岡県の○△部の地域振興の人たちが市をやっている人たちを連れて視察に来てくれるようだし。

皆さん、お偉方さんたちも、私の拙い話しを「これからの地域づくり、地域振興、観光ってそうですよね」って聞いてくれるんですよ。恥ずかしながらそうなんです。

テントひとつの朝市をどうやってこんなに大きくしたんですか?って聞くんです。
んで、私が答えるのは
“行政の皆さんや仕掛け人気取りの人たちが通常やることをやらない”だけなんです」

たいがい皆、キョトンとしているんですけどね。それは・・つづく・・
2009/09/12 22:30|甲州市のこと

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