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ニュージーランドで生ビール1杯飲んで車を運転してスピード違反で捕まった時に撮りました。あちらでは1杯ほどのアルコールは認められています。

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重川と田草川の調査、川あるーきはいかがでしたか。
田草川の伏木橋のところで川の話をしましたが、もう少し説明をさせてください。

私たちは8年前からこの田草川の調査を行ってきました。地元の川はきれいであってほしいと願っているからです。

自分たちが住んでいる地域を人だと思ってください。そしてその地域を流れる川を血液を流す血管だと思ってください。そして流れている水は血液です。血液は体中に人が生きるため動くために必要なものを体の隅々に運びます。

皆さんがもし体の具合が悪くなるとこの血液を調べて体の健康状態を調べます。血液がドロドロして血管の周りに油がこびりついていると血管が詰まって血液が止まってしまいます。そうすると人は動けなくなって死んでしまうこともあります。

川も同じなんです。上流で油を流したとしましょう。その油は流れの弱いところにこびり付き、住んでいた魚が住めなくなってしまいます。川が汚れているということは血液が汚れていると同じことで地域に必要なものが届きません。

ただ少し前まではその必要なものが届かなくても私たちは不自由しないと思っていたのも事実です。それでは地域は死ぬことはありませんでしたから。川は必要のないものを流すものと思っていたからです。

私は皆さんが調査をしている間、川や川辺に落ちていたゴミを拾いました。ジュースやビールの缶、畑の肥料を入れた袋、工事現場などのブルーシート、ビン、タイヤやビデオデッキなんていうのもありました。

伏木橋に流れ込む用水路周辺の石には洗濯石鹸や油がこびり付いていて臭かったです。素手で作業をしていた私はとてもいやな気持ちになりました。

今度、ひうがに買物に行ったときはぜひ伏木橋から田草川をのぞいてみてください。

川は畑の間を縫って流れます。畑にまかれた肥料や消毒も土に染みて伏流水として川に流れ込みます。もちろんこれが川に害を与えているとは言い切れませんが、皆さんと調査した川の水質調査で流れ込んでいるということはわかります。

川には皆さんが実際に捕ったようにアブラハヤやアユなどの魚やトビケラやヒルなど水棲生物や川辺に生える草花や木が生活をしています。

今回の田草川の調査では水質→汚染がある、水底→汚い、魚→種類がすくなく、水の汚いところに住む魚がいる、水棲生物→汚い川にいる生物が多い、植物→川辺というより野原の草が多い、外来種が多い。そんなことがわかりました。

これは健康診断で“健康ではない”と判断されたことと同じです。

重川ではきれいな川にいるアユが捕れましたが魚の先生の大浜さんが「こんな汚くちゃいやだ」とアユが言ってると言ってました。そして本当はこのアユは釣りをするために人間が放したアユだということもわかりました。自然にいたアユではありませんでした。

そんな川でしたが歩いてみていかがでしたか?楽しかったでしょう。泳いでもみたいと思ったでしょう。今のままでは泳げません。まずゴミで足を切ったり危険です。また川の水ももし飲んでしまったら体によくありません。そして川には降りていかれる場所がほとんどありません。川で遊ぶルールも決めないといけないですね。

でももし川に自由に入れればきっと楽しいと思います。それは皆さんが一番わかっていると思います。

私たちは皆さんと去年と今回一緒に調査をしました。そしてその結果がでました。川は汚れている、健康ではないということです。

少しだけ原因を考えてみてください。調査結果見てこの川をどうして行きたいも考えてみてください。そしてこの川で自由に遊べるようになる方法を考えてみてください。

この川を活用してもっともっと甲州市を楽しくする方法がいっぱいあります。皆さんの力を借りればお金をかけずに実現できます。今度会ったときはそんな話もしましょう。

最後にひとつ私が皆さんに調べてほしいことがあります。臭くて泡だっていたドブ川が人々が集まり子供が遊べる川になった川のことです。横浜の和泉川です。お父さんやお母さんの力も借りて調べて見てください。

故郷の川、田草川調査隊員
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2010/08/16 22:34|未分類

 

私が今一番引っ掛かっているのが行政計画の随所に散りばめてある“住民との協働”ってこと。私に言わせれば「ありえねぇーし」て感じ。トップリーダさんもこのありえねぇー言葉を多用する。

よくここでも書くけど、行政は都合よく協働という言葉を使って、計画作りを住民にワークショップさせたり、実際に企画段階から住民を参画させイベント事業をやることもある。

私が思うには協働とはギブアンドテイクの間柄でなければいけないということ。

これがまたどう見ても一方通行のサービス、いわゆる奉仕になっているんじゃないかということ。奉仕の精神は大切だ。地元の川や公園の清掃を行政任せにするのは良くない。ただ何でもかんでも行政の都合のいいように奉仕させられてはかなわない。

前向きな住民とすれば行政から手伝ってねと言われればそれは悪い気はしないし、出来る限りの協力はするであろう。しかしそこに協働なんて言葉を使うもんだからややこしくなる。なんか住民が持たされている役目みたいな気がしてならない。

私は今まで協働と言う名の下に行政に住民として関わってきた。それが冒頭で言う計画づくりであったり、イベントへの参画だ。私たちの貴重な時間とアイディアはしっかりと出したのに、その大事な計画は実行されないし、出した意見はきれいに並べられているものの語尾が雲隠れしちゃって実効性を伴わない。

でも行政は計画をつくったりイベントをやるだけで良好な評価を得る。これでは割りが合わない。私たちが望むべきものは貴重な意見が散りばめられた計画の実行である。

つまり計画の実行こそが私たちが得るもの「テイク」である。

計画づくりとその周知だけが目的なら、それでもいい。でも計画は何かを実現するためにつくるもの。その実行も実現もなしに、仮に実現出来なくとも少なくとも実現成し得なかった理由の調査と次回は必ず実現させるという意志と気合を見せてほしい。

こんなことばっか言って煙たいから私には声が掛からなくなるわなあ。それもよし。

私は朝市や他の地域活動で行政手法と違ったやりかたでコストをかけずに地域・故郷づくりをして行きたい。しがらみも無いおかげで有効的な方法がいくつも見つかりましたよーだ♪
2010/08/14 07:31|未分類

 

財布を預かっている国は経済の建て直しや地方を活性化させようと緊急なんとかとか特別なんとかとか地方にお小遣いを配ってる。

もち、受け取る側の自治体ももっともらしい使い道を申請して(最近はこれが得意な職員さんが職員さんが有能な職員さんと言われているらしい、まあ一理はあるけど)お眼鏡にかなったところに“どすーん”とお小遣いが落とされる。

そのお金は一定の期間内に“施し”をしたり“催し”をしたりして使い切る。有能な職員さんはその目的や期限内に行った“施し”や“催し”とその効果となる架空の将来像作文を報告書として出す。

さらに困ったことに国がその作文に対してコンクールをやって大賞を決めちゃおうなんて自画自賛的なものもやっちゃう。

※そういえば私がかかわっているワインツーリズム(県からも補助金をもらって開催)もたった一回開催しただけで知事から表彰されたなんてこともありました。

私は言い切るけど結果なんかそのあと少なくとも数年経たないと出てこないよ。

皿回しの皿は棒の上で回ったけど(ハードものは整備されて記念すべきオープニングイベントは終わったけど)その皿を回し続けていく人と回し続けて行くという気持ちがないと(その施しを自力で続けて活用して行く人とその気持ちをキープしていくシステムがないと)お皿はおっ落っちゃうよ(私たちの血税が無駄になっちゃうよ)。

作文を書く人はそのお皿は住民が回すと思っているけどそんなカンタンに行くわけが無い。

施しがしっかりと経済的に成り立ったり、地域に根ざすようになるには時間がかかるの。とくにまちづくりに関して言えばとっても時間がかかるの。朝市やってるからわかるの。


だからね、コンクールの大賞を決めるのはその有能な職員さんが退職したころになることもあるわけ。でもうれしいじゃない、自分が描いた作文が退職後に評価されて、自分が描いた未来像がそこにあるのは。でもそのためには自分も住民としてずっとずっと関わっていかないとね。


我が甲州市でも国からいろいろな補助金や全額が落ちて来て施しと催しはやるけどその作文が書かれておしまい。作文書いたらその施しが機能していなくても次のお小遣いを狙いに行く。そんなことが繰り返し行われているし。

私たちの血税はその作文のためにあるんじゃない。

そのお小遣いに手を出さないほうがよっぽどいい。








2010/08/08 05:57|未分類

 

甲州市のリーダーさんの一人から頼まれて議会広報へ手記を送りまして、載りました。

お題は“甲州市の観光振興策について”

ーーー
観光振興策は目立ちやすい施しやイベントに重点を置かれがちです。しかし、私は地域づくりの上に成り立つ観光を推し進めるべきだと思います。

私たちは勝沼地域で月に一度朝市を開催しています。毎回70以上の出店があり、来場者はもとより出店者も地元、県内、県外からとさまざまです。市には子どもから高齢者まで多世代が集い、それぞれが持ち寄った産物がここにしかない魅力を創出します。

このコミュニティ朝市が観光のスポットとなりつつあります。人の力が場の力となり、地元民との自然な会話が愛着を生みだす。従来の観光という概念にとらわれず少しだけ遠回りな観光振興を推し進めるのはいかがでしょうか。


ーーー

と、書いたのですが、文頭からいきなり校正が入り“施し”が“催し”に変わってしまっていました。ここは文面からいって、つづく“イベント”と同意になるものの“催し”の方が適正かと私も思います。

ただ、ただですね、この“施し”こそが私が一番伝えたかった部分でありまして。

“施し”を“看板や電飾”に変えて見てください。

つまり鳥居焼きの電飾化にチクリとやっちゃっているわけでして。そこをまんまと“催し”に変えられてしまってました。策略か、いや単なる文言の校正だとは思うけど。

やられちゃいました。

そういえばちょっと前トップリーダーさんとその電飾について激論交わしたけど

「大家さん(山を持っている住職さん)だってやりたいらしいぞ」

私、ちょっとばっかアルコールが入ってましたので

「んなこと言ったって、あの鳥居は俺のモンでもあるんだし。だって家族にはお墓に手を合わせるけど、勝沼を作ってきた先人や先に逝った先輩や友達に手を合わせるのはあの鳥居焼きだから。鳥居の格好していたって私の先祖崇拝のゲートこそがあの鳥居なんだから、電飾を隣に置くことすらいやだ!」

「でも、しっかり地域の人が話をしてみんなが電気でビカビカしたいっていうんじゃあきらめるけど」

そんな話もしたばかりでした。













2010/08/06 21:08|未分類

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